傀儡の恋
56
一通りの作業を終えて戻れば、青い顔をしたキラが待っていた。
「……眠った方が良さそうだね、君は」
ため息と共にラウはそう言う。しかし、キラはそれを拒むかのように首を横に振ってみせる。
「眠れません」
そして、鳴きそうな声でこう告げた。
「やはり刺激が強すぎたようだね」
言葉と共にそっとキラに歩み寄る。
そして、そっとその頬に触れた。
まろやかさが失せたそこからひやりとした感覚が伝わってくる。
かなり体が冷えているのだろう。彼は無意識にラウの手のひらに頬をすり寄せてくる。
「ここではなんだね。とりあえず、私の部屋でいいかな」
本当はその前にマルキオに報告をしなければいけない。だが、こんなキラを放置するわけにもいかないだろう。
彼が自分の生活圏である離れから自発的に出てくるのは珍しい。それも本館にいることは、と言うことぐらいラウも知っている。
だから、優先しても許されるだろう。
そう判断をすると、ラウは彼を自室へと導く。そのままいすに座らせると、その肩にブランケットを掛けた。
「少し暖まっていなさい。今、お茶を淹れてあげよう」
そう言うと電気ポットでお湯を沸かす。
「飲み終わったら、少しでもいいから横になりなさい。その間にマルキオ師に報告をしてくるから」
キラには何も言わせずラウは言葉を綴る。
「……でも……」
「私のベッドを使ってかまわないよ。それならばいいだろう?」
他の場所に行くわけではない、と言外に続けた。
「でも……」
「いいから」
お湯が沸いたところで手早くお茶を淹れる。流石に時間がないのでスティックタイプの紅茶を使った。
「まずはこれを飲んで。眠れないなら眠らなくてもいい。とりあえず横になっていなさい」
それとも、とラウは続ける。
「添寝をしてほしいのかな?」
この言葉に、キラは大きく目を見開いた。
「僕は子供じゃないですよ?」
「わかっているよ。ほぼ同じくらいの年だろうね」
外見だけだが、と心の中だけで付け加える。
「それでも、一人で眠れないときに人肌のぬくもりは有効だと思うのだが」
そう言いながら、彼の手にマグカップを持たせた。
「女性の方がいいというのであれば申し訳ないが」
この言葉にキラは首を横に振ってみせる。
「なら、私で我慢してもらおう。話はそれからになるね」
疲れているときにする話ではなさそうだ。そういえばキラは渋々といった様子で首を縦に振ってみせる。
「いい子だね」
その仕草に幼い頃の彼を思い出した。その気持ちのまま言葉がこぼれ落ちる。
「子供じゃありません」
即座にキラが抗議の声を上げた。
「子供でもかまわないのではないかな? 君も私も……頼るべき時は誰かに頼ってかまわない年齢だろうしね」
自分で口にしながらも白々しいセリフだとは思う。実際、自分はどうだったのかと言われれば苦笑を浮かべるしかできないのだ。
だが、キラにはこう言ってくれる大人が必要なのだろう。
かつてはあの男だったはずだ。しかし、今は誰もいない。ならば、自分がその役目をしたとしてもいいのではないか。
これはいいわけだと言うこともわかっている。
手放したものをもう一度手に入れたい。
その願望に抗えなくなっただけだ。
それも無理はないだろう。彼のぬくもりがすぐそこにあるのだから。
しかし、それは許されないことだと言うこともわかっている。
「……はい……」
小さくうなずく彼の肩を抱きしめる代わりに、そっと髪に指を絡めた。